福岡地方裁判所小倉支部 平成元年(ワ)513号 判決 1996年3月26日
原告
甲野一郎
原告
乙山二郎
右両名訴訟代理人弁護士
江越和信
同
佐藤裕人
同
吉野高幸
同
住田定夫
同
配川寿好
同
荒牧啓一
同
河邉真史
同
前田憲徳
同
年森俊宏
同
安部千春
同
田邊匡彦
同
林健一郎
同
幸田雅弘
同
仁比聡平
右訴訟復代理人弁護士
蓼沼一郎
同
梶原恒夫
被告
新日本製鐵株式会社
右代表者代表取締役
丙川三郎
右訴訟代理人弁護士
畑尾黎磨
同
瀧川誠男
同
山崎辰雄
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が原告らに対して平成元年4月15日付けでなした「八幡製鉄所労働部労働人事室労働人事掛勤務を命ずる。社外勤務休職を命ずる(日鐵運輸株式会社〔以下「日鐵運輸」という。〕へ出向)」との職務命令(以下「本件出向命令」という。)はいずれも無効であることを確認する。
第二事案の概要
一 争いのない事実
1 当事者
(一) 原告ら
(1) 原告甲野一郎(以下「原告甲野」という。)
原告甲野は,昭和36年3月7日,臨時作業員として旧八幡製鐵株式会社に雇用され,その後2か月を経て同年5月7日付けで同社の社員として採用され,八幡製鉄所鋼材部鋼片課7分塊掛に配属となり,さらに,管理局生産管理部工程課分塊工程掛,生産業務部工程課製鋼分塊工程掛,戸畑製造所生産業務部銑鋼調整課原料工程掛,生産業務部流通管理室信号掛,同部輸送課銑鋼輸送掛,同部輸送室戸畑輸送掛,同部輸送管理室戸畑輸送掛を経て,平成元年3月1日以降,本件出向命令発令まで生産業務部輸送管理室輸送掛の職務に従事してきた者である。
(2) 原告乙山二郎(以下「原告乙山」という。)
原告乙山は,昭和36年12月15日,臨時作業員として旧八幡製鐵株式会社に雇用され,その後2か月を経て昭和37年2月15日付けで同社の社員として採用され,八幡製鉄所製銑部第2コークス課洞岡コークス炉掛に配属となり,さらに同部コークス技術課コークス技術掛,生産業務部工程課製銑工程掛,戸畑製造所試験分析課機械試験掛,同所生産業務部銑鋼調整課原料工程掛,生産業務部流通管理室信号掛,同部輸送室八幡輸送掛,同部輸送管理室八幡輸送掛を経て,平成元年3月1日以降,本件出向命令発令まで生産業務部輸送管理室輸送掛の職務に従事してきた者である。
(3) なお,原告らは,新日本製鐵八幡労働組合(以下「八幡労組」という。)に所属する組合員であるが,八幡労組は,その本部を北九州市に置き,平成元年4月1日現在で,組合員数1万2232名を擁し,下部組織として53の支部を有しているが,上部組織である新日本製鐵労働組合連合会(以下「連合会」という。)は,被告の本社,製鉄所,製造所の各組合及び新日鐵化学株式会社の組合を単位組合とする連合体である。
(二) 被告
被告は,昭和45年3月31日,旧八幡製鐵株式会社と旧富士製鐵株式会社との合併により設立され,従来は鉄鋼の製造・販売を主たる事業としていたが,事業領域を拡大し,現在では右のほか,非鉄金属,セラミックス及び化学製品の製造・販売,製鉄プラント,化学プラント等の産業機械・装置及び鋼構造物の製造・販売,建設工事の請負,都市開発事業及び宅地建物の取引・貸借・情報処理・通信システム及び電子機器の製造・販売並びに通信事業,バイオテクノロジーによる農水産物等の生産・販売,教育・医療・スポーツ施設等の経営,以上に係わる技術の販売及び付帯する事業等を目的とする株式会社である。
2 出向に関する被告の規定
就業規則に「社員に対しては,業務上の必要により社外勤務させることがある。」(54条)との規定があるほか,八幡労組の組合員に適用される労働協約においても「会社は,業務上の必要により,組合員を社外勤務させることがある。」(54条)との規定がある。
また,被告と連合会が締結した労働組合法上の労働協約である社外勤務に関する協定(<証拠略>。以下「社外勤務協定」という。)には,以下の諸規定がある。
(一) 社外勤務を分けて,出向及び派遣とし(2条1項),出向とは,関係会社,関係団体,関係官庁等に役員または従業員として勤務することをいう(同条2項)。
(二) 出向する組合員は社外勤務休職とする(3条)。
(三) 出向期間は原則として3年以内とする。ただし,業務上の必要によりこの期間を延長し,またはこの期間を超えて出向を命ずることがある(4条1項)。出向期間は当社勤続年数に通算する(同条2項)。
(四) 出向者の就業時間,休日,休暇等就業に関しては出向先の規定による(6条)
(五) 当社における考課,昇格,昇給及び賞与等の査定については,出向先における勤務成績を勘案の上,当社規定により社内勤務者と同一基隼により行う(7条)。
(六) 出向者の懲戒については,出向先の規定による。この場合の当社の取扱いについては,その都度定める。ただし,出向先の規定または当社の規定により解雇に該当する場合は復職を命じた後,当社の規定を適用する(9条)。
出向者の転勤,職場もしくは職務の変更及び出張は出向先の命ずるところによる(10条)。
出向者が出向先の規定により休職に該当する場合は,出向先の定めるところによる。この場合の当社の取扱いについては,その都度定める(11条1項)。
出向者が当社の社員在職年齢満限に達したときは当社を退職するものとする(13条)。
(七) 出向手当A(一時金5万円)の支給(14条)
(八) 出向者の給与及び賞与は出向先の定めるところによる。ただし,出向先支給額が当社規定による支給額に満たないときは当社の規定による支給額との差額を支給する(15条)。
(九) 右当社規定による支給額は,基準内給与及び出向手当B(出向先の年間所定労働時間が当社年間所定労働時間を超える場合に右時間差に応じて支給。)とし,出向先における所定就業時間外の就業または休日の就業に対する過勤務手当及び深夜手当を一定の算式に従い支給するほか,その他諸手当は当社規定による(16条)。
(一〇) 賞与支給額は出向先における勤務に基づき当社基準により計算する(17条)。退職手当は出向期間を通算し当社規定により支給する(18条)。
(一一) 出向者は当社保有の病院等の厚生施設及び出張時の宿泊施設を利用でき,出向先の社宅が利用できない場合に限り当社の社宅を利用できる(19条)。
出向者は,当社の貸付制度,財形制度を利用できる。ただし,出向先に当社制度に準ずる貸付制度があり,これを利用できる場合はこの限りでない(21条)。
(一二) 出向者の健康保険,厚生年金保険及び雇用保険は原則として当社において加入し,労災保険は出向先において加入する。出向者の業務上及び業務外の災害補償は出向先の規定による。ただし,出向先に定めがない場合,または出向先の定める補償額が当社社員災害補償規程に定める補償額に満たないときは,その差額を支給する(23ないし25条)。
(一三) 出向者が復職する場合は,その能力,経験等を勘案して配置職務を決定する(26条)。
3 本件出向命令の発令
被告は原告らに対し,平成元年4月10日,輸送管理室長が,同年4月15日付けで出向を命じる旨予告した後,同月14日,八幡製鉄所労働部労働人事室長が,同月15日付けの日鐵運輸への出向の通知文を交付し,原告らは,同月17日,出向に不同意のまま日鐵運輸へ赴任した。
なお,本件出向の期間は,本件出向命令後,3年ごとに(平成4年4月15日と平成7年4月15日),「業務上の必要性がある」(社外勤務協定4条1項但書)として,業務命令により2回延長された。
二 本件の争点
1 本件出向命令の根拠
社外勤務に関する就業規則及び労働協約等の規定は本件出向命令の根拠となり,原告らは出向に応じる義務があるか。それとも,本件出向命令は原告らの個別具体的な同意を必要とするか。
2 本件出向命令は権利の濫用として無効か。
被告が連合会に昭和62年2月13日に提案した「製鉄事業中期総合計画」及び「複合経営推進の中長期ビジョン」(以下,まとめて「中期総合計画」という。),八幡労組に昭和63年12月20日に提案した「輸送・出荷部門の体質強化を目的とした構内輸送体制の再構築計画」(通称P550計画。以下「本件計画」という。)及び日鐵運輸に対する後記本件業務委託が必要なもので,本件出向命令に必要性があるか。
本件出向は,原告らに不当な不利益を与えるものか。また,出向者の人選及び原告らに対する説得経過等の手続が合理的なものか。
三 原告らの主張の要旨(略)
四 被告らの主張の要旨(略)
第三争点に対する判断
一 前提事実の認定(<証拠・人証略>)
1 就業規則
原告ら入社以前の昭和23年9月施行の就業規則において,業務上の必要により従業員に社外勤務をさせることがある旨規定されていた(<証拠略>)が,その後の就業規則(<証拠略>・昭和31年10月15日付け),原告甲野が入社した当時の就業規則(<証拠略>・昭和34年4月30日付け),原告乙山が入社した当時の就業規則(<証拠略>・昭和36年10月6日付け),原告らに対する本件出向命令当時の就業規則(<証拠略>・平成元年7月1日付け)のいずれにも,同旨の規定が存在する。
原告らはいずれも,最初,期間2か月の臨時作業員(試用研修期間)として旧八幡製鐵株式会社に雇用されたが,その際,臨時作業員として就業規則を遵守する旨の誓約書(<証拠略>)をそれぞれ提出し,就業規則や入社案内の交付を受けた後,右2か月間の期間中に約1週間にわたり,講義形式で会社概要の説明を受け,そのうち2日に分けて4時間程度就業規則の説明を受け(<証拠略>),原告甲野は昭和36年5月7日に,原告乙山は昭和37年2月15日に,いずれも被告の正社員になったが,その際も右と同旨の誓約書(<証拠略>)をそれぞれ提出した。
なお,原告らは,被告入社に際して,就業規則の交付を受けた記憶がない(原告乙山),新入社員教育において就業規則の説明は受けたが,社外勤務の部分についての説明は省略されていた,あるいは,この部分は作業職社員には関係がないと言われた(原告甲野)などと供述し,(人証略)もそれに沿う証言をするが,右研修の目的や内容に照らし,説明が省略されたというのは不自然であり,当時においても社外勤務が原告ら作業職社員に全く無関係であったとは考え難く,無関係との説明があったというのも不自然であり,いずれも信用できない。
2 労働協約
原告ら入社当時の労働協約には,社外勤務に関する規定は置かれていなかったが,被告が昭和44年1月に発表したマスタープラン(<証拠略>)の実施によって,八幡製鉄所の生産設備の集約に伴い,要員が大幅に合理化され,君津,大分製鉄所への転勤措置や新規採用の抑制とともに,従来直営で行っていた付帯的事業の分離・別会社化,あるいは専門業者への委託化が推進され,分離先会社や委託先会社への出向・派遣の事例が増加していった(<証拠略>)。
そして,マスタープラン発表後の同年9月,それ以前は就業規則やその都度の取り決めなどによって運用してきた社外勤務について,社外勤務協定が締結され,同年10月1日から実施された(<証拠略>)が,内容的には,社外勤務を出向と派遣に分け,出向については,出向先に役員または従業員として勤務することをいい,期間は原則として3年以内であり,業務上の必要により期間が延長されることがあるが,出向期間は当社勤続年数に通算すること等を定めたものである。なお,出向関係条項に関する労働協約本文との関係については,次期改定時に改定することとなった。
翌昭和45年3月31日,旧八幡製鐵株式会社と旧富士製鐵株式会社との合併により被告が設立されたが,その後,全社に統一的に適用される労働協約締結に向けて,労使代表から構成される統一労働協約検討委員会が設置され,昭和47年4月3日以降,右委員会で労働協約の内容について論議され,「人事」の中の「社外勤務」条項として「(1)業務上の都合により組合員を社外勤務させることがある旨規定すること。(2)社外勤務に関しては別に協定すること」について労使双方の見解が一致し(<証拠略>),昭和48年4月,その旨の規定が合併後の新しい労働協約に置かれた。
そして,その後の労働協約にも同様の規定が設けられ,本件出向命令当時は,ユニオン・ショップ協定(2条)により管理職や特定の社員を除いた組合員全員に適用される被告と連合会との間の労働協約(<証拠略>)に,同旨の規定が存在する(54条1項,2項)。
また,社外勤務協定については,前記昭和44年9月締結のものから何回か更新し(<証拠略>),本件出向命令発令時の社外勤務協定(<証拠略>)に至っているが,内容的には,後記のとおり改定された出向手当に関する点や出向する組合員を社外勤務休職とする点を除いて,ほぼ同じである。
3 被告における社外勤務の事例
原告ら入社当時,既に,昭和33年ころから,ブラジルのウジミナス製鉄所へ技術指導を目的として技術員が派遣され,その後,昭和36年2月以降,作業職社員についても同様の派遣が実施され(<証拠略>),昭和41年には,マレーシアのマラヤ・ヤハタ製鉄所へ組合員が派遣された(<証拠略>)が,ウジミナス製鉄所への「派遣」については,派遣者の身分が,派遣と同時に日本ウジミナス株式会社の社員となるということもあり,実質は出向に近いものであった。
その後,前記のように,昭和44年9月に社外勤務協定が締結されてからは,八幡製鉄所においても,昭和45年4月の曳船業務の委託化に伴う製鉄曳船株式会社への出向措置,昭和46年4月の厚生課販売店業務の委託化に伴う八幡製鐵ビルディング株式会社への出向措置,同年7月の機関車点検・整備業務の委託化に伴う日鐵運輸への出向措置,昭和49年1月の緑化環境整備事業の委託化に伴う八幡製鐡ビルディング株式会社への出向措置,昭和53年4月の作業環境測定作業の委託化に伴う株式会社九州環境技術センターへの出向措置,昭和54年7月の計算機パンチ・仕分作業の委託化に伴う八幡計算機株式会社への出向措置,昭和55年12月の独身寮給食作業の委託化に伴う三和給食有限会社への出向措置及び昭和56年4月の戸畑地区コイル棟間自動車輸送業務の委託化に伴う日鐵運輸への出向措置がそれぞれ実施され,その後も,昭和59年4月には中径管プレス・手入れ作業について,昭和61年1月には電磁鋼板製品の梱包・積出作業,亜鉛メッキ製品の梱包・波付作業について,同年3月には地区機械緊急補修作業について,昭和62年3月にはアンローダー運転作業及び電磁鋼板工場リフトカー運転作業について,同年7月には整備資材倉庫受払作業について,昭和63年3月には水質試験作業について,平成元年2月には電磁スリット及び関連作業について,同年3月には条鋼精整付帯作業及び鉄道輸送作業について,同年6月には試験片加工作業について,同年9月には冷延ロール作業について,同年10月には小径SML精整作業について,同年11月には溶銑処理作業について,平成2年1月には条鋼製品出荷仕訳作業及び水処理関連作業について,同年2月には薄板剪断関連作業について,同年5月には精整指令作業及び起重機運転作業について,同年8月には熱延精整作業について,平成3年1月には小径SMLアップセット作業について,同年2月には亜鉛メッキクレーン運転作業,自動面取機作業等及び圧延ロール整備作業について,それぞれ委託化され,それに伴い,出向措置も実施され,平成3年4月現在で,出向者は,被告全体で1万5808名(内技術職1万0299名),八幡製鉄所技術職社員では2657名である(<証拠略>)。
4 出向に対する労働組合の対応
(一) 被告における労使交渉制度
被告の労働協約において,労使交渉制度としては,経営審議会,労使委員会及び団体交渉の3つがあり,それぞれ付議事項及び話し合いの程度が定められているが,組合員の労働条件については,団体交渉付議事項と労使委員会付議事項とに分けられ,賃金,労働時間,休日等は団体交渉付議事項として協議決定されるが,生産計画に伴う重要な要員事項等は被告と労働組合の各10名以内の委員から構成される労使委員会(旧労働協約における「生産委員会」)付議事項として協議されることになっている(<証拠略>)が,ここにいう「協議」とは,「会社と連合会または組合双方誠意をもって合意に到達するよう努力することであるが,協議した結果,合意に到達できないからといって,会社が決定し実施できないということではない」(労働協約付則1(2))とされている。
そして,前記ウジミナス製鉄所等への派遣ないし出向については,旧八幡製鐵株式会社当時の労働協約に基づき,その都度,労使間で,「生産計画に伴う重要な要員事項」(19条2項5号)として,「生産委員会」において,必要要員数や取扱い,派遣の条件等を協議し,労使合意の上で実施され(<証拠略>),前記社外勤務協定締結後の委託化に伴う出向措置についても,大量の人員措置を伴う要員改定であったことから,当時の労働協約に基づき,その都度,労使間で,「生産計画に伴う重要な要員事項」(19条2項5号)(<証拠略>)として「生産委員会」の場で,あるいは,「生産計画の変更等に伴う重要な要員事項」(22条1項2号)(<証拠略>)として「労使委員会」の場で,要員改定の必要性やその人員措置等について協議し,労使合意の上で実施されている(<証拠略>)。
(二) 本人意思に対する組合の見解
ところで,前記のとおり,マスタープラン実施後,委託化に伴う出向の事例が増加していったが,八幡労組は,昭和46年の第49回定例大会議案書(<証拠略>)において,「委託化,出向に対する取組み」として「本人の意思を尊重させるとともに労働条件の低下は認めない」との方針を打ち出した。
そして,この出向措置に関する「本人意思尊重」の具体的内容については,昭和49年1月の緑化環境整備事業の委託化に伴う出向に関し,対象者が了解しないときはどうするのかとの質問に対し,「今回の出向については,生活環境,勤務地等が全く変らないので従来の転勤で問題が起ったのとは,性格が違うと考えている。従って,本人がただ単に出向したくないということでは,苦情として非常にとり上げにくいという見解である。」(<証拠略>),あるいは,「大会で,本人意思の尊重について一定の整理をした。その内容は,客観的に見て,労働条件,生活環境の低下というような問題がある場合には,本人の立場に立って会社と交渉するが,理由が客観的にみて適当と認められない場合には,その人達の立場に立ち得ない。」(<証拠略>)と回答した。
その後,昭和54年の第59回定例大会議案書(<証拠略>)においては,「出向の必要性をはじめ,出向先の労働条件や作業環境などを十分調査し,納得できる内容であることはもちろん,なお本人の将来性,復帰時の条件,出向先での話し合いの場など,総合的に勘案し,組合として可否を判断したうえ,本人の合意を前提に対処していく」と,従来の表現を改め,さらには,昭和61年の第67回定例大会議案書(<証拠略>)においては,「出向措置については,余剰が拡大傾向にある中での雇用確保という観点から,今後とも避けて通れない状況にある。従って,支部と連携を密にし,案件ごとにその趣旨や必要性,出向先会社の労働条件,職場環境はもとより,本人の技能・経験・適性などをキメ細かくチェックするとともに,組合として可否を判断したうえ,本人合意を踏まえて実施させることとする。」という方針を打ち出すに至り,その後,本件出向前後を通じてこの方針が維持されている(<証拠略>)。
5 中期総合計画
(一) 中期総合計画発表当時の被告の状況等
昭和60年9月ころから昭和61年9月ころにかけて,円が1ドル240円から150円に急騰し,同年1月,被告を含め高炉9社は,国の円高不況雇用対策として構造不況業種の指定を受け,同年2月1日から1年間,雇用調整助成金の交付を受けることになり,高炉5社(被告,日新製鋼,住友金属工業,川崎製鉄,神戸製鋼所)の9月中間決算は経常利益がいずれもマイナスとなる戦後最悪の状態に至り,昭和62年1月には,鉄鋼労連がベア要求を断念し,被告ら高炉各社は雇用調整の一環として本格的な一時休業を開始し,労働省は,高炉各社の申請を受け,前記雇用調整助成金の対象指定を1年延長し,同年9月には,高炉大手5社は,中間配当の見送りを一斉に発表した(<証拠略>)。
また,被告は,昭和62年3月期において,売上高は2兆1785億円と前期に比べ5061億円の大幅な減収となり,有価証券売却益996億円を計上したが,経常損失は126億円を記録した(<証拠略>)。
昭和62年3月,学者,鉄鋼経営者,鉄鋼産業労働者及びマスコミ等の代表者から構成される「基礎素材産業懇談会」が通商産業省の諮問を受けて発足し,大幅な円高を背景とした中長期的に厳しい経済情勢に対する鉄鋼業界の対応について検討し,同年10月8日,今後の鉄鋼業の在り方を「新世代の鉄鋼業に向けて」と題し,中間報告として答申した(<証拠略>)が,その内容は,いわゆる鉄鋼寡消費型の経済構造への転換による国内鉄鋼需要の減少及び鉄鋼需要産業の現地海外生産の活発化による鉄鋼純輸出の減少により,粗鋼生産の低下傾向は避けられないとの見通しを前提に,鉄鋼業が,他産業に比しコスト構造において固定費が高比率にあることや円高による収益の悪化が予想されることを考慮し,人件費,減価償却費及び金融費用等の固定費削減の必要性,高稼働率を保つための余剰設備削減の必要性,出向の必要性を含む人員合理化の必要性等を示したものとなっている。
(二) 中期総合計画の概要
こういった状況下で,被告ら高炉大手5社は,対応策として要員削減を中心にした合理化計画としての中期的な経営計画を相次いで発表し(<証拠略>),被告も連合会に対し,昭和62年2月13日,中央及び八幡製鉄所の経営審議会において,中期総合計画を提案した(<証拠略>)。
被告は,右計画において,わが国の実質経済成長率が今後中期的に年2パーセント程度であり,平成2年度における鉄鋼内需が粗鋼規模6900万トン程度まで減少すると予想し,被告の粗鋼生産規模を販売シェアー維持を前提に年間2400万トンと見込んだ上,製鉄事業部門の抜本的体質強化を実施し,内外最強鉄鋼メーカーと対抗できるコスト競争力の実現,巨額の実質的赤字の解消と併せて,平成2年度時点の健全経営の維持及び複合経営の推進等に必要な利益の確保を目指すとともに,事業領域を拡大し,平成7年度には製鉄事業部門以外の分野で総売上高の50パーセントを確保し,総売上高4兆円とすることを目標としている。
そして,被告は,右計画において,総固定費・総資産の削減,特に総固定費を25パーセント以上削減することを目標に,要員については,生産設備体制の再編により約7000名を,競争力強化の観点からの合理化により約1万2000名を削減し,平成2年度までに,鉄部門において合計約1万9000名を削減する一方,新規事業を積極的に拡大する中で,鉄部門から新規事業部門に約6000名を転換することとしたが,平成2年度末までの間に約9000名程度の定年予定者や自己都合退職者が見込まれるものの,人員余力がなお大量にのぼり,かつ,高炉休止対象製鉄所に偏在すること,また,新規事業展開にも時間を要すること等から,全社を対象とした人員対策を講じることとした(<証拠略>)。
(三) 中期総合計画についての労使の折衝
前記のとおり,被告の労働協約においては,労使交渉は,付議事項によって,話し合いの場及びその程度が定められているが,中期総合計画については,経営審議会の付議事項である「生産計画に関する重要事項」(労働協約16条1項1号)等に該当し,話し合いの程度としては,「会社はこれについて説明または報告し,連合会または組合は意見を開陳」(同条2項)し,「労働条件に重大な影響があると認められるものについては,双方慎重に意見の交換を行う。」(同条〔覚書〕)ことになっている。
中期総合計画については,前記のとおり,大幅な要員削減を伴う計画であったので,連合会は,組合員の雇用確保を第1に考えることにして,右計画の背景や具体的内容について,被告から何度も説明を受けるとともに,労働組合としての意見を述べた(<証拠略>)。
そして,連合会は被告に対し,昭和62年5月20日,中央臨時経営審議会において,わが国鉄鋼産業及び被告が,大きく変化した需給構造や急激かつ大幅な円高等に伴って,生産量が大幅に低下し,円手取り額が大幅に減少する等,かつて経験をしたことのない厳しい経営状況に置かれているということや,被告がこれを打開し,企業基盤の安定・強化を図るために何らかの施策を必要としている背景や理由については理解でき,厳しい実態や今後の見通し,これまでの話し合いの経緯を踏まえて,組合員の雇用と労働諸条件確保の礎である被告の経営基盤確立・強化という観点から,まさに断腸の思いで本計画について受け止めていかざるを得ないと判断し,この計画の推進・実行によって,被告の経営基盤の安定強化が図られ,組合員の雇用の安定,中長期的な労働諸条件の維持・改善と働き甲斐につながると確信し,今後とも協力・努力を惜しむものではない旨述べて,右計画を了解する旨の態度を表明し,併せて,設備休止等による具体的人員措置については,組合員の生活実態や適性はもとより,本人の事情や意向なども可能な限り斟酌し,不安・問題を生じないように十分話し合いをしなければならないことを強く要請した(<証拠略>)。
6 社外勤務協定の改定
昭和62年11月5日,中央団体交渉において,被告は,中期総合計画における約1万9000人の要員減に対し,新規事業所への要員6000人を見込んでも,現状余力を加えた平成2年度末の人員余力が約6000人と見込まれるので,雇用確保維持のためには,出向措置を積極的に拡大し,少なくともその半数以上に出向措置を講ずる必要があると同時に,今後は,これまでの関連・協力企業を中心とした地元地域での出向に加え,異業種・異業態の産業・企業等や遠隔地への出向の実施,出向対象層の拡大,出向期間の長期化が避けられないが,給与・賞与について差額補填した上,出向先実労働時間と被告所定内労働時間差を過勤務とみなして過勤務手当を支給するという今までの扱いでは,今後の出向拡大や情勢変化により増大する労務費負担に耐え得ないとともに,社内勤務者について,臨時休業や労働時間管理等の諸施策を実施し,長期の業務応援派遣や所間応援,大量の転勤,配転を実施しており,これら従業員全体の処遇バランスにも顧慮する必要があるとして,連合会に対し,<1>社外勤務協定における月額4000円の出向手当を廃止し,新たに出向手当A(5万円)を出向発令時に一時金として支給する,<2>出向先実労働時間と被告の所定内労働時間差の補填について,従来,被告規定の過勤務手当を支給してきたが,これを所定内労働時間差と出向先での過勤務時間とに分け,前者については,出向先との年間所定内労働時間差に応じ,年2回に分けて出向手当Bを支給し,後者については,出向先の割増率と過勤務手当算定の基礎単価を適用し,基礎単価の計算については当社補填分を加えた出向先基準内賃金を出向先所定内労働時間で除したものを適用する,<3>出向者の出向期間中の扱いについて,出向先従業員との一体意識の醸成の要請から社外勤務休職とし,その期間を勤続年数に通算することを提案した(<証拠略>)。
これに対し,連合会は,「現下の雇用環境の厳しさと今後の見通しのもとでは,基本的には,出向措置を雇用確保の施策として認めていかなければならないと考えている。」としながらも,被告が提案する「(右)措置はその影響等から容易に納得できるものではない」として,全組合員の問題として慎重に検討し対処するとの方針の下,各単位労働組合ごとに,機関・職場にこれを報告・討議を行い,その意向や疑問点を把握し,これを踏まえて中央交渉に臨み,被告との間で,主に,<1>出向手当については,これを出向手当Aとして見直すとしても,これが与える生活への影響や負担等を考慮し,その支給方法と補償措置を別途検討すること,<2>所定内労働時間差の補填については,その単価水準を引き上げ,月払いとした上で,これを諸手当の単価計算に関わる基準内賃金の中に算入するとともに,適切な移行措置を検討すること,<3>過勤務・深夜就業に対する割増率については,これまでどおりの扱いとすること,<4>社外勤務休職の扱いについては,今回の見直しの趣旨とは直接的な関係がないこと等を勘案し,別途話し合うとの方針で交渉した(<証拠略>)。
そして,被告と連合会との6回にわたる交渉の末,昭和62年12月23日,第7回交渉において,<1>及び<4>については会社提案どおりとするが,<2>の出向手当Bについては,連合会の要求をいれて被告の提案を一部修正し,年間支給額(出向先と被告との所定内労働時間差につき,区分に応じて25時間ごとに年間3万円単位。ただし,移行措置として18か月間は,4万円を単位とする。)を月割で支給し,これを過勤務及び深夜手当の単価算定の基礎給に含める,<3>の過勤務・深夜就業に対する割増率についても,連合会の要求をいれて被告の提案を一部修正し,出向先での過勤務手当,深夜就業手当の計算の単価算定基礎給に出向手当Bを含め,割増率については従来どおり,被告の割増率を適用するということで合意し,昭和63年3月2日,社外勤務協定を改定し,同年4月1日から施行されることとなった(<証拠略>)。
7 八幡製鉄所の構内輸送体制について
(一) 構内輸送体制及び八幡製鉄所鉄道輸送部門の概要
銑鋼一貫生産を行う八幡製鉄所においては,原料の揚陸から高炉,転炉,圧延等の工程を経て,銑鉄から鋼そして製品へと移行する生産の流れに対し,構内輸送は,輸入原燃料のクレーン揚陸作業を担当する原料揚陸部門,原料揚陸後から出荷までを担当する構内輸送部門,倉庫からの払出作業を担当する倉庫部門,製品の出荷を担当する出荷部門の4つに組織され,構内輸送部門は,他の3つの部門同様,円滑な鉄鋼生産活動を支える付帯部門として位置付けられるが,大きく無軌道部門と鉄道部門に分けられている(<証拠略>)。
また,本件計画実施前は,被告の組織上,構内輸送は生産業務部の担当であり,生産業務部のうちの輸送管理室が,荷役や構内外輸送等の流通全般に関する企画及び総合調整,原燃料及び半製品の輸送作業,鉄道の信号作業及び信号保安設備整備作業等を担当し,出荷室が,輸出及び国内向け出荷に関する企画及び総合調整,製品の輸送作業を担当していた(<証拠略>)。
そして,八幡製鉄所における鉄道輸送作業及び関連作業の具体的内容としては,<1>構内の鉄道輸送を行うDL運転作業,<2>八幡地区と戸畑地区の間を結ぶ八幡製鉄所専用鉄道である「くろがね線」におけるEL運転作業,<3>DL及びELの運行状況,各製造工程における原燃料,半製品,製品及び発生屑等の輸送需要等を把握し,鉄道の運行計画の作成及び総合調整,DL及びEL運転者への連絡等を行う輸送計画作業,<4>戸畑地区における高炉工場から製鋼工場への溶銑輸送に関し,両工場間の路線の錯綜箇所にある信号所における踏切の開閉,DL運転者への運行可否の指示連絡,番線のポイントの切替え及び信号所監視区域内の列車運行監視等を行う信号作業,<5>「くろがね線]の起点,終点及び操車場における信号作業並びに輸送先や積荷の種類等による各貨車の編成作業を行う信号列車整理作業,<6>車両の定期点検や整備等を行う鉄道車両整備作業,<7>電気転轍器や車上転換器の点検及び整備,踏切にある警報機の整備作業等を行う信号保安設備整備作業,<8>DL及びEL,貨車,信号保安設備等の輸送設備に関する予算の編成及び管理,同設備に係わる協力会社の定期的点検及び整備の検収,線路を含めたこれら輸送設備に係わる資産管理を行う輸送設備管理作業があるが,このうち,原告甲野は<4>の信号作業に,原告乙山は<5>の信号列車整理作業にそれぞれ従事している(<証拠略>)。
(二) 構内輸送に係わる被告と協力会社の分担
本件計画実施前は,八幡製鉄所の構内輸送作業は,被告が直営する業務と,協力会社に委託して行っている業務とに分かれ,<1>鉄道輸送作業のうちのDL・EL運転,輸送計画,信号及び信号列車整理の各作業,鉄道車両整備作業のうちの日常点検及び補修作業,信号保安設備整備作業のうちの信号所監視区域内の複雑な作業については直営で行い,<2>戸畑地区における無軌道輸送作業及び鉄道車両整備作業のうちの機関車の定期的な点検・整備作業は日鐵運輸に,<3>八幡地区における無軌道輸送作業は山九株式会社に,<4>鉄道車両整備作業のうちの貨車の定期的な点検・整備作業は株式会社山本工作所に,<5>信号保安設備整備作業のうちの信号所監視区域外の比較的平易な作業は峰製作所に,それぞれ業務委託され,これらの協力会社がそれぞれの作業を担当していた(<証拠略>)。
(三) 八幡製鉄所の運輸部門の労働生産性
被告は,古くは,昭和30年から昭和39年にかけて150台の蒸気機関車を全てDLに切り替え,線路分岐部のポイント切替装置を転轍工による手動切替から電動の車上転轍器に替えるなどして900人を合理化したほか,昭和43年から昭和62年の過去20年間においても,遠隔無線を利用したDLのワンマン運転化,電動の車上転轍器の設置範囲の拡大等の新設備の導入のほか,設備の統廃合や業務委託を含む作業方法の改善を図り,1229名の合理化を実施した経緯がある(<証拠略>)が,昭和60年3月に日本鉄鋼協会における共同研究会の運輸部会労働生産性調査ワーキンググループが発表した昭和59年度の全国主要製鉄所における運輸部門の労働生産性の調査結果によると,被告の名古屋製鉄所及び君津製鉄所については,他の鉄鋼会社の製鉄所に比べ,運輸部門における労働生産性が劣っていた(<証拠略>)。
これに対し,被告も独自に,右調査と同時期に同じ方法で被告の全製鉄所の輸送に関する労働生産性を調査したところ,<1>鉄道輸送部門の作業効率性の度合い,鉄道輸送への依存度を示す粗鋼量生産性,<2>鉄道輸送部門従業員1人当たりの運搬量を示す取扱量生産性,<3>取扱量生産性につき輸送対象物が異なることについて能率も異なることがあることを考慮し,対象物の特性により一定の補正計数で補正した換算取扱量生産性,<4>取扱量生産性のうち,運転工だけ取り上げて1人当たりの輸送量をもって鉄道輸送の現場の効率性を端的に示す運転工取扱量生産性,<5>運転工以外の管理的作業従事者,下回り作業従事者等物を運ばない従業員1人当たりの運搬量によって,輸送付帯部門の合理化・効率化の度合いを示す非運転工取扱量生産性のいずれにおいても,八幡製鉄所は,他社製鉄所だけでなく,被告の他製鉄所に比べても労働生産性が劣っていた(<証拠略>)。
8 本件計画の概要及び日鐵運輸への業務委託
(一) 本件計画の概要
そこで,被告は,昭和61年3月,本社の生産技術部輸送管理室から被告全製鉄所に対し,輸送出荷部門の粗鋼量生産性(1月当たりの粗鋼生産量を輸送にかかわる全作業要員〔運転工と非運転工〕の人員で除したもので,輸送出荷部門全体の効率性を示し,当該製鉄所の競争力を表す。)の平均を月550トンにすることを目標とした合理化計画の作成を指示し,各製鉄所ごとに目標を設定させた。被告各製鉄所が設定した目標値の平均は680トンであったが,八幡製鉄所は570トンであった。
そして,被告は八幡労組に対し,昭和63年12月20日,八幡製鉄所の臨時経営審議会及び労使委員会で本件計画を提案した(<証拠略>)。
本件計画の中で,被告は,八幡製鉄所の労働生産性が低い原因を,<1>他の製鉄所に較べて輸送手段のうち鉄道輸送割合が60パーセント強と高いこと,<2>無軌道輸送設備の機械化,大型化が遅れていること,<3>輸送作業量の変動に対応する要員の弾力的運用が不十分であり,輸送独自の運行管理システムすら構築されていないこと,<4>八幡・戸畑両地区での二元的生産体制に伴う両地区間の半製品等の輸送作業が不可避的に生じる上,工場・倉庫の複雑な配置によって構内の輸送経路が錯綜していること(<証拠略>),<5>加工工程数が増加し輸送効率を低下させる高級多品種の製品が生産されていることの5点にあると分析し,<4>及び<5>の構造的な制約要因については,八幡地区は主として製品加工工場地域にし,戸畑地区は原料,揚陸,高炉,転炉及び一部圧延として,工場の種類を類別集約し結集させるとともに,工場の配置をできるだけ次の工程と直結するように変更して改善を計ることにし,<1>ないし<3>については,八幡製鉄所の輸送部門の体制を抜本的に改める必要があるとした。
そして,<1>及び<2>については,当時,鉄道輸送部門は,関連設備として線路約140キロメートル,機関車約50台,貨車約870台を保有していたが,トラック,トレーラー等の無軌道輸送手段に係わる近年の技術革新の成果を採り入れ,鉄道と無軌道の両輸送手段の分担関係を見直し,無軌道輸送が可能なものは原則として全て無軌道輸送に切り替え,鉄道輸送はその特性を生かせる大量・熱物・重量物輸送に限定し,構内輸送全体の効率化を図ることにした。
また,<3>については,通信装置とコンピューターシステムを利用した「鉄道運行管理システム」を開発し(<証拠略>),鉄道車両及びその運転要員を削減するほか,当時,原料揚陸部門は100パーセント,構内輸送部門のうちの無軌道部門は97パーセント,倉庫部門は73パーセント,出荷部門は91パーセントにつき業務委託が実施されていたが,鉄道部門については,委託化は7パーセントであったので,他の製鉄会社及び被告の他の製鉄所のように,要員を弾力的に運用することを目指し,鉄道部門を輸送の専門会社に業務委託することにした。
(二) 業務委託先である日鐵運輸について
日鐵運輸は,昭和17年12月,旧日本製鐵株式会社八幡製鉄所の港湾運送に係わる多数の会社を集約して設立され,昭和45年7月,現在の商号に変更したが,本店を北九州市八幡東区枝光本町8番1号に,事務所を東京に,事業所を堺と君津に,営業所を福岡に,出張所を光に置く,資本金5億円,従業員1564名の株式会社である。
被告は,日鐵運輸の株式の約76パーセントを保有し,全役員10名のうち社長ほか8名を派遣し,平成元年4月1日当時,日鐵運輸の全従業員の約18パーセントにあたる274名は被告からの出向社員である。
日鐵運輸は被告から,関門港及び八幡製鉄所専用港における原料及び製品等の荷役,艀運送等の作業のほか,戸畑地区の無軌道輸送作業,堺製鉄所及び君津製鉄所の鉄道輸送作業,これら3製鉄所の機関車整備作業について業務委託を受け,機関車整備工場を有していたが,君津製鉄所において,昭和61年5月にコンピュータによる情報処理を利用した運行管理の集中一元化を可能にする鉄道運行管理システムを開発,導入するなどしたほか,自動車,重機,建設機械の販売,輸送警備,常駐警備等の新規事業にも進出している(<証拠略>)。なお,前記のとおり,昭和46年7月に八幡製鉄所の機関車点検・整備作業が,昭和56年4月に八幡製鉄所戸畑地区の棟間無軌道輸送が,日鐵運輸に業務委託されているが,いずれの場合も,当該作業の従事者について日鐵運輸への出向措置が実施されている。
そこで,被告は,協力会社であり,被告以上の構内輸送業務等の経験と技術を持つ日鐵運輸に対し,直営であった八幡製鉄所の鉄道輸送に関するDL・EL運転作業,信号作業,信号列車整理作業及び鉄道車両の日常点検・補修作業・株式会社山本工作所が業務委託を受けていた貨車の定期点検・整備作業を業務委託することにより,鉄道輸送作業量の変動への弾力的対応,車両整備の分野での重複業務の解消を図り,八幡製鉄所における運輸部門の労働生産性の向上を目指すことにした。
9 本件出向措置の必要性
本件計画実施前の平成元年2月28日当時,鉄道部門全体の要員は211名であったが,前記「鉄道運行管理オンラインシステム」の導入(<証拠略>)及び鉄道から無軌道への輸送手段の変更等による要員改定によって,40名が削減できたので,鉄道部門全体の要員は171名になった。そして,本件業務委託後も被告が引き続き直営で行う輪送計画作業及び輸送設備管理作業の要員が23名であるから,残148名が委託化対象要員とされた(<証拠略>)。
ところで,被告は,一方で,前記のとおり,中期総合計画の推進過程で大量の人員余力を抱えざるを得ず,八幡製鉄所においても右委託化に伴い鉄道輸送部門での大幅な余力が生じ,製鉄所内で余剰を吸収することにも限界があることから,従業員の雇用確保の観点から,委託先会社への出向措置を積極的に講じる必要があり,他方では,委託先会社である日鐵運輸及び峰製作所において,委託化される八幡製鉄所の鉄道輸送作業及びその関連作業を円滑に遂行し得る人員を直ちに確保,養成することは困難であった。
そこで,被告は,これら委託先会社と協議した結果,右148名について,7名の要員を削減し,日鐵運輸へ133名,峰製作所へ8名の合計141名について,出向措置を講じることとした(<証拠略>)。
10 本件業務委託に伴う人員措置についての労使の折衝
また,本件計画に伴う要員改訂及び人員措置の基準方針については,労使委員会の付議事項である「生産計画の変更等にともなう重要な要員事項」(22条1項2号)等に該当し,その話し合いの程度としては,「協議」(同条2項)するものとなっているので,前記のとおり,昭和63年12月20日,被告は八幡労組に対し,労使委員会において提案したが,その際,出向先である日鐵運輸及び峰製作所の主要な就業条件として,年間所定内労働時間,年間休日日数,就業時間,実労働時間及び交代者の勤務形態を説明した(<証拠略>)。
その後,同年12月27日,平成元年1月9日,同月13日及び同月19日と労使の折衝が重ねられたが,委託化の必要性自体についての疑問のほか,出向者の人選,出向者の異動や配転の有無等について疑問が出され,特に,出向者の勤務形態が,被告の就業規則では4組3交代制であるのに,日鐵運輸では3組3交代個人指定休日方式になる点について,鉄道輸送作業が厳しい作業環境である屋外での肉体的負荷が高い作業であることや高齢者が多い職場であることを考慮して,4組3交代制にできないかという要求が出された(<証拠略>)。
八幡労組の右要求に対し,被告は,当初,出向者が従うべき就業条件を決めるのは日鐵運輸であって,今回の出向者だけを日鐵運輸の労働者と異なる勤務形態とすることは難しいとしていたが,労働組合の要求が強いことに対応して,日鐵運輸に対し,鉄道輸送業務の実情を説明して交渉した結果,日鐵運輸において個別例外的な運用の措置を講じることになった。すなわち,日鐵運輸は,鉄道輸送作業職場については4組編成とするが,この編制による年間非番日数91日と日鐵運輸における当時の年間休日日数85日との差については,予備直勤務配置日とし,これを「調整休務日」として扱い,相当する労働時間は出向先の年間所定労働時間から控除することとした。
これに対し,八幡労組は,実質上は出向前と同様の勤務編制が維持されるとともに,通常,予備直勤務配置日には,勤務の必要性が生じないので,年間休日日数としても実質91日が確保できたとして,右の4組編成とした措置について「素直に評価する」と述べた(<証拠略>)。
そして,八幡労組は被告に対し,平成元年1月27日,労使委員会において,構内輸送体制の抜本的見直しが必要であることについては理解できるが,今回の措置が当該職場組合員のみならず,協力会社・従業員及び関係工場等にも影響することから,慎重に検討したが,その結果,業務委託によって,高い専門性や生産変動に対する弾力的な対応が可能となり,効率的な輸送体制の基礎が確立され,出向措置についても,鉄道輸送作業,鉄道車両整備作業及び信号保安設備整備作業における技術・技能の継承に加えて,委託後の業務の円滑な移行という観点からやむを得ないと理解し,職場から強い要請のあった勤務形態等について,組合及び職場の要請に沿った被告の見解が示されたこと等を総合的に判断して提案を受け止め,被告が具体的な人選に入ることを了解する旨の態度を表明した(<証拠略>)。
11 本件出向命令に至る経緯
(一) 人選の経緯
被告は,前記了解表明を受けて,出向者の人選を始めたが,まず,本件業務委託後も引き続き直営で残る鉄道輸送計画作業及び鉄道輸送設備管理作業について人選を行い,次に,八幡製鉄所の技術職社員については,約75パーセントが45歳以上で,平均年齢は46歳を超え,30歳代以下が不足していたため,この30歳代以下の技術職社員については,将来の基幹作業要員として貴重な存在であり,職種転換への対応力もあるとして,所内配転を優先して本件出向措置の対象から外すとともに,病気等の理由から就業制限のある者については出向先との関係から,2年以内に定年を迎える者については当時実施していた高齢者の長期教育休業措置との関係から,いずれも本件出向措置の対象から外した。
こうして,被告は,同月下旬から,日鐵運輸及び峰製作所において委託作業を円滑に遂行するのに必要な技能や経験を保有する者であるかどうかという観点から,従前より当該鉄道輸送作業あるいは車両の日常点検・補修作業等に従事していた者の中から前記141名を人選することにした。
ところで,平成元年2月28日当時,原告乙山が従事していた八幡地区の信号列車整理作業には21名が,原告甲野が従事していた戸畑地区の信号作業には8名が,それぞれ在籍していた。
そして,被告は,2年以内に長期教育休業措置を受ける高齢者である八幡地区の7名及び戸畑地区の1名,病気休職者である八幡地区の1名をいずれも出向措置の対象外とするとともに,日鐵運輸から,本件業務委託に関して100名を超える機関車等の運転要員の確保を要請されていたことから,本来DLないしELの機関車運転作業に従事すべきところを臨時的に信号列車整理作業に応援者として配属されていた八幡地区の5名及び戸畑地区の3名については,機関車運転作業へ配置するため対象外とし,その結果残った八幡地区における原告乙山ら8名及び戸畑地区における原告甲野ら4名を人選した(<証拠略>)。
そこで,被告は,同月下旬以降,人選された141名に対し,個別に出向先である日鐵運輸ないし峰製作所における労働条件を提示して話し合いを実施したところ,原告らほか2名を除く137名が出向に同意し,君津製鉄所応援中の1名を除いた136名は同年3月1日に,右1名については同年4月1日に,それぞれ出向した。
(二) 原告らに対する説得
被告は,平成元年1月30日から同年4月13日までの間,出向に同意しなかった原告ら4名に対し,出向命令の発令を猶予して,上司である室長,掛長,作業長を通じて,本件出向においては職場や作業は変わらず,処遇についてもほとんど変わらないので,出向に応じるよう説得するとともに,出向に応じない個人的事情の説明を求めたが,原告らは,労働条件が悪くなること,被告に復帰できないこと,定年まで被告の社員として働きたいこと,将来転籍になるおそれがあることなどを反対理由にあげ,出向を拒否する家庭的事情等を説明せず,出向に同意しなかった。
なお,被告の原告らに対する右説得の経緯において,脅迫的な説得や強い圧迫感を与える説得等の妥当性に欠ける説得が行われたと評価すべき事実を認めるに足りる証拠はない。
(三) 原告らについての労働組合との交渉
この間,被告は,同年2月28日,業務委託開始後の作業に支障が生じないようにするため,八幡労組に対し,同年3月1日から同月31日までの間,原告ら4名の代替要員を日鐵運輸に一時的に業務応援派遣する措置を提案し,八幡労組からの本件に関する対応経過や今後の方針についての質問に対し,現在まで数回にわたって,出向に支障を来す個別事情の有無を確認し,出向に関する疑問点の解消を図るなどして説得を続けたものの,4名の納得は得ていない,しかし,出向したくない理由が,いずれも出向に特段の支障を来すような個別事情に基づくものではないので,引き続き説得を継続する旨答えた(<証拠略>)。
業務委託の実施間近になっても,原告らは出向に同意しなかったが,一方で業務委託後の日鐵運輸での業務遂行に不可欠な人員の補充が必要となったため,被告は八幡労組に対し,同月23日の労使委員会において,業務応援派遣者4名のうち,1名は同年4月1日から高齢者の長期教育休業措置の適用を受けるため,予定期日の同年3月31日をもって業務応援派遣を打ち切らざるを得ないが,残る3名については,さらに同年4月20日まで派遣期間を延長することを提案するとともに,原告らとの話し合いが進展しない場合,既に出向した者の心情や全体の公平感を考慮して,4月下旬を目処に出向を発令せざるを得ない旨説明した。
これに対し,八幡労組は,組合としても,原告らと話し合ったが,出向に応じたくないとする客観的な理由は見出せないので,原告らの出向措置を認めないとする理由・根拠はないと判断する旨述べて,右派遣期間の延長を了解する旨表明した(<証拠略>)。
これを受けて,被告は,さらに,原告らとの話し合いを継続したが,やはり,原告らの態度は変わらなかった。
そこで,被告は八幡労組に対し,同年4月7日の労使委員会において,原告らとの話し合いにはこれ以上の進展は期待できないと判断したので,原告ら4名に対して同月15日付けで日鐵運輸への出向命令を発令する予定である旨説明したところ,八幡労組は,そのような措置を講じたとしても,労使間の出向措置に関する取扱い上,特段の問題はないと判断し,本件については,これ以上被告と話し合いを持つことは考えていない旨の態度を表明した(<証拠略>)。
(四) 出向命令の発令
そこで,被告は原告ら4名に対し,同年4月10日,同月15日付けで日鐵運輸へ出向を命じる旨予告し,同月14日,八幡製鉄所労働部労働人事室長が,同月15日付けの日鐵運輸への出向の通知文を交付し,原告らは,同月17日,日鐵運輸へ赴任した。
右命令の内容は,いずれも「八幡製鉄所労働部労働人事室労働人事掛勤務を命ずる。社外勤務休職を命ずる(日鐵運輸へ出向)。」というものであるが,原告らに労働人事室勤務を命じたのは,被告における出向措置一般の取扱いとして,出向者を元の職場に在籍したままにしておくと,出向後も,各職場管理者が,出向者に関する人事管理,勤務管理,給与管理等の管理内容について,各出向先との間で個別に連絡を取らねばならなくなり,事務処理が錯綜し,煩雑となることから,便宜上の措置として,被告の労働人事室が各出向先との間でこれらの事務処理を一元的に行うことを目的としたものである。
なお,原告らに対する本件出向措置は,本件出向命令の発令から3年経過した平成4年4月15日,被告から原告らに対し,業務命令の形で,「業務上の必要性がある」(社外勤務協定4条但書)として出向期間を3年間延長され,さらに3年間経過した平成7年4月15日,同様に3年間,出向期間が延長されている。
二 本件出向命令の根拠について
1 一般に,出向とは,労働者が出向元の指揮命令から離れて,出向先の就労場所において,その指揮命令を受けて労務の給付を行う労働形態のことをいうが,本件出向は,社外勤務協定に,「出向する組合員は社外勤務休職とする」(3条),「この休職期間は当社の勤続年数に通算する」(4条2項)とあるように,出向元である被告との間の労働契約を合意解約し,出向先である日鐵運輸との間で新たに労働契約を締結するのではなく,被告の従業員の身分を維持したまま,原告を被告の労働人事室に在籍させた上で,出向先である日鐵運輸の指揮命令の下にその業務に従事することが出向元である被告に対する労務の給付になっている,いわゆる在籍出向であると認められる。
2 ただ,本件出向は,その背景にある中期総合計画が大幅な要員削減を内容とするものであり,今後,被告に大量の要員補充の必要性が生じることは期待できず,また,構内輸送部門を協力会社である日鐵運輸に全面的に業務委託することを内容とする本件計画に基づくものであり,構内輸送部門は被告にとって付帯的事業であって,これを再び直営に戻す可能性はあまり考えられないから,実際に2度の出向期間の延長措置がとられたように,出向期間が長期化する可能性が高かったものである。
したがって,本件出向は,被告との労働契約が合意解約されるいわゆる転籍出向ではなく,在籍出向であり,出向期間の明示があり,社外勤務協定等によって社内勤務者の労働条件と同様に扱われるよう保障され,出向先である日鐵運輸の業績悪化等により就労の必要がなくなれば当然被告へ復帰するなど,被告の従業員としての地位の保障があるとはいえ,実質的にみると,長期化することが予測できるという意味では転籍出向に近いものがあるといわざるを得ず,本件出向命令の法的根拠を検討する上で,この点を軽視することはできない。
3 そして,在籍出向といえども,出向によって労働者に対する指揮命令権が出向先に変更するのであるから,民法625条の趣旨である労務給付義務の一身専属性から,また,出向は一般に重要な労働条件の変更であるから,労働基準法15条の精神から,出向命令を正当とする根拠は労働者の同意に求められるべきである。
ただ,労働者の同意を要するとした趣旨は,出向を命じられる労働者を保護することにあるから,出向命令に応じて出向先に対しても労務に服するなどの義務を負うことが労働契約の内容として含まれるか否かという観点から検討すべきである。そして,わが国の慣行である終身雇用制を前提とする限り,労働契約は相当長期にわたる継続的契約であって,締結後に事情が変更することによって,その内容が合理的な限度で変更することは当然認められるべきであるから,労働契約締結時(入社時)に出向に対する事前の包括的同意が認められるか否かだけではなく,締結時及びその後の労使関係に関するすべての事情も考慮し,出向命令時において,右命令に応じる義務が労働契約の内容となっていたか否かという観点から検討すべきである。
これに対し,原告は,出向を,出向元と出向先,出向者との三者間の法律関係と捉える必要があるとか,出向は指揮命令権行使に関する義務の移転を伴うものであって,免責的債務引受を含むものであるなどとして,出向者の個別具体的同意の必要性を主張するが,出向を三者間の法律関係として検討することと,出向者の個別具体的同意が不可欠であるということは必ずしも結び付かないし,出向の内容として労働者に対する指揮命令権の変更が含まれるとしても,出向義務の存否を決するについては,それのみならず出向者の労働条件全体の検討が重要であるから,形式的に免責的債務引受の法理を適用するのは相当ではなく,出向法律関係の成立に当該出向者の個別具体的同意が不可欠であるとの主張は失当というべきである。
4 そこで,本件について検討すると,前記認定のとおり,原告ら入社時の就業規則には,業務上の必要により従業員を社外勤務をさせることがある旨規定されており,原告らは,この就業規則を遵守する旨の誓約書を提出し,入社時に就業規則についての一応の説明を受けたことが認められるから,出向を含む社外勤務を命じられることのあることが一般的に労働契約の内容として含まれていたものということができる。原告らは,作業職社員は右規定の適用を除外されていたと主張し,作業職社員につき休職規定の適用が除外されていたことを理由にあげるが,作業職社員とその他の社員とで,社外勤務の内容を区分していないことは,その文言から明らかであって,作業職社員に休職措置がとられないからといって,作業職社員に命じられる社外勤務を派遣に限定していたと解することはできない。また,出向事例の推移や労使交渉の経緯から,右の社外勤務規定が作業職社員につき派遣に限定するものであったとまで認めることはできない。
ただ,被告における出向事例の推移をみれば,入社時の当事者の意思として,社外勤務として,本件出向のように,業務委託に伴う出向であって,出向期間の長期化が避けられない特殊な形態のものが含まれていたと解することは困難であるから,本件出向についてまで原告ら入社時の事前の包括的同意を認めることはできない。
しかし,原告らが被告に入社してから本件出向命令に至るまでの間に,被告と労働組合との間で,昭和44年9月に出向期間等出向者の処遇を定めた社外勤務協定が締結されたこと,その後,労働協約の上でも,業務上の必要により会社は組合員を社外勤務をさせることがある旨改定されるとともに,本件出向のような業務委託に伴う出向の事例が増加していったこと,これに対し,労働組合は,その都度,該当する職場の労働者の個別の意見に配慮しつつ,要員改定としての出向措置の必要性やその人数,出向の際の労働条件等について被告と協議して内容を定め,労働組合の了解の下に多くの出向が実施された経緯があること,また,その間,労働組合は,出向者の同意について,労働条件,生活環境の低下というような客観的問題がある場合には,本人の立場に立って被告と交渉するが,単に出向したくないという感情的理由だけの場合等,出向を拒否する理由が客観的に適当とは認められない場合には,その立場に立ち得ない旨の見解であったことが認められる。
そして,昭和63年3月2日に改定された社外勤務協定についても,労使間でかなり厳しい交渉の末,被告の提案が労働組合の要求により一部変更される形で合意に至っており,本件計画に基づく日鐵運輸への業務委託及び本件出向についても,その必要性や具体的な措置について労働組合の了解の下で行われ,特に,本件出向における出向者の勤務形態については,原告ら職場の労働者の意見を背景に労働組合が強く要求したことより,被告の勤務形態を維持できるように,出向先会社である日鐵運輸の勤務形態とは異なる特例的な措置がとられていることが認められる。
したがって,本件出向命令当時,出向を含めた社外勤務に関する就業規則,労働協約及び社外勤務協定の規定を前提に,本件出向のような,業務委託に伴う期間が長期化することが予想できる出向についても,その必要があり,出向者に労働条件や生活環境の上で問題とすべき事情がなく,適切な人選が行われるなど合理的な方法で行われる限り,出向者の個別具体的な同意がなくても,被告は出向を命じることができることが慣行として確立し,このことが被告と原告らとの間の労働契約の内容として含まれていたと認めるのが相当である。
5 就業規則及び労働協約に関する原告の主張について
原告らは,出向に関する事項は,使用者が一方的に定める就業規則の規定範囲に属さず,また,協約自治の限界を超えているという。
しかし,確かに,就業規則ないし労働協約に規定する内容は無制限ではなく,一定の限界が存在するが,出向に関する事項については,労働契約の内容として,合理的内容である限り当然定め得ると解するのが相当であるし,これを就業規則や労働協約から一切切り離してしまうことが,労働者の権利保障につながるものであるか疑問というべきである。
そして,原告らは,本件における就業規則や労働協約の規定は,出向先の限定がなく,出向社員の身分・待遇等を明確にする規定もなく,出向期間についての規定もなく,復帰の際の条件についても何らの規定が設けられておらず,およそ合理的な内容とはいえず,このような抽象的な規定を出向命令の根拠とすることはできないなどと主張する。
しかし,就業規則及び労働協約における社外勤務に関する規定自体は単純で抽象的なものであるが,前記のとおり,労働協約の規定を受けて労使間で締結された社外勤務協定が存在し,そこでは,出向期間等について具体的に定められており,また,個々の出向に関しては,労使間で出向先や要員等について協議され,労働組合の了解の下に実施されてきた慣行が存在するのであって,本件出向命令の法的根拠を検討するにあたって,これらの点も総合的に考慮されるべきであるから,就業規則及び労働協約の規定の形式的文言をことさら強調する原告らの主張は失当といわざるを得ない。
6 出向命令の運用について
さらに,原告らは,被告における出向命令の運用として,出向者の具体的同意を得るという解釈・運用が定着していたと主張し,確かに,過去に同意しない者に出向命令が発令されなかった事例が存在する。
しかし,右事実を以て,出向者の具体的同意を得るという解釈・運用が定着していたとまで認めることは困難である上,かえって,前記のとおり,労働組合が,あらゆる場合に出向者の個別具体的同意がない限り,出向を認めないという立場ではなかったというべきであり,原告ら主張の運用を要求していたとの事実を認めることもできない。また,原告らが援用する出向合意確認報告書(<証拠略>)は,八幡労組労働企画部宛のもので,組合として会社との対応のため作成しているものであって,これがあるからといって出向者の個別具体的同意を必要とする運用があったと認めることはできない。そして,他に右運用の事実を認めるに足りる証拠はなく,原告らの右主張は採用できない。
三 本件出向命令の必要性について
1 中期総合計画発表当時,急激な円高ドル安が進行し,被告ら高炉5社が一斉に中間配当の見送りを発表し,被告自身も巨額の経常損失を計上し,鉄鋼業界全体が構造不況業種の指定を受け,雇用調整助成金の交付を受けるなど,被告にとって厳しい経済情勢にあり,中長期的な鉄鋼業界の見通しとしても,学者や経営者だけでなく,鉄鋼業界の労働団体の代表者も構成員として参加していた通商産業省の諮問機関が固定費削減や余剰設備削減,さらには,出向の必要性を含む人員合理化の必要性等を示唆する報告を出し,これを受けるような形で,被告だけではなく,他の高炉大手各社が,対応策として要員削減を中心にした合理化を目指す中期的な経営計画を相次いで発表する状況であった。
さらに,八幡製鉄所における構内輸送部門の労働生産性は,被告の他の製鉄所や他の大手製鉄会社の製鉄所に比べて低く,これを改善する必要に迫られていたこと,他の製鉄所においては,輸送を専門とする協力会社に全面的に構内輸送部門を業務委託される傾向にあったのに対し,八幡製鉄所においては,構内輸送部門のうちの原告らが属していた鉄道輸送業務については,ほとんど従来からの被告の直営体制が維持されていたことが認められ,このような状況の下で,被告が,当時,八幡製鉄所における構内輸送体制を抜本的に改める必要性を感じていたことには十分な理由があると認められる。
したがって,このような状況下において,被告が本件計画の一環として八幡製鉄所の鉄道輸送業務を日鐵運輸に業務委託し,それに伴う本件出向措置を実施しようとしたことは,経営判断として合理的なものと認めることができ,労働組合としても,十分検討し評価した上で,最も重視する組合員の雇用確保の要請と合致するものとして一連の施策それぞれについて,いずれもその必要性及び施策の内容の合理性を了解する態度を表明したとみるべきであって,原告らが主張するような,被告のその後の決算内容の改善の経過の事実を以て本件計画及びそれに伴う一連の施策全体が労働者を犠牲にした攻撃的で恣意的な経営判断に基づくものであるとすることは適当ではないというべきである。
また,原告らは,従事する信号業務ないし信号列車整理業務だけを直営で行えばよいというが,これが現実的でないことは明らかであるし,原告らは管理部門の輸送計画作業が直営で残されたこともその理由にあげるが,本体的業務である生産工程を管理する輸送管理部門を被告が直営で行う必要があることは明らかであり,そのことを理由に他の業務委託の必要性を論じることはできないというべきである。
2 なお,原告らは,本件出向は雇用調整型の出向であって,整理解雇の法理に類似した限定的な解釈が必要となるから,業務上の必要性を厳格に考えるべきであると主張するが,そもそも業務委託に伴う出向が雇用調整のための整理解雇回避の措置であるとすること自体が疑問である上,本件出向が実質的には整理解雇回避の措置であると認めるに足りる事情は認められない。
四 本件出向命令の合理性について
1 本件出向は復帰の可能性がなく,不合理であるとの点について
本件出向は付帯的事業である構内輸送部門の業務委託に伴うものであるため,出向期間の長期化が避けられず,原告らについても,3年の出向期間が既に2度延長されている。
しかし,本件出向がいわゆる転籍出向ではなく,後記のとおり,本件出向が長期化することによって原告らに相当の不利益が生じたと認めることはできないから,出向期間の延長自体を特に強調することは適当ではないし,また,原告らに復帰の可能性が全くないと断定できる事情は認められず,これを認めるに足りる証拠はない。
もっとも,原告らが指摘するように,平成6年3月30日,被告が連合会に提案した第3次中期経営計画及びそれに伴う人員措置の中で,55歳以上の出向者を対象に転籍が奨励されている事実が認められる(<証拠略>)が,本人の同意なしに業務命令としての転籍命令が発令されているわけではなく,転籍者に対しては,60歳までの給与の差額を退職金に上乗せする形で退職一時金として支払うなどの一定の配慮が認められ,転籍が強要されていることを窺わせるに足りる事情は認められない。
2 出向による原告らの不利益等
(一) 原告らは,<1>被告と日鐵運輸との年間休日差は,出向者にとって,国際的な労働時間短縮の流れに逆行する著しい不利益である,<2>被告はこの差を「出向手当B」によって補填しているというが,過勤務手当から出向手当Bへの不利益変更自体が不当である上,原告らの格差が年々拡大している,<3>原告らの本件出向後の残業時間が出向前にかなり増加し,本件出向により労働強化が進んでいるなどと主張する。
(二) しかし,そもそも,出向において,出向元と出向先とで労働条件が全く同一であることは通常考えられず,出向によって労働条件の一部に不利益が生じることは避けられないが,出向命令の合理性を判断する際は,労働条件の変化を形式的に比較するだけでなく,当該出向措置の必要性の検討と合わせて労働者の生活環境や労働環境にどのような影響が生じたかを総合的に考察すべきである。
そうすると,出向者の労働条件については,社外勤務協定(<証拠略>)に,「出向者の就業時間,休日,休暇等就業に関しては出向先の規定による。」(6条1項)と規定されているから,原告らは日鐵運輸の就業規則に従うことになるから,原告らが主張するとおり,現在は,日鐵運輸の方が所定休日日数が少ない事実が認められる。しかし,これは,本件出向後に,被告がいわゆる時短を実施したことによるもので,原告らの労働条件を切り下げたとみることはできない。また,休日日数については,被告における就業規則(<証拠略>)によれば,社内勤務者の間においても,労働者全員に画一的に定められているわけではなく,勤務形態に対応して定められており,勤務形態によって生じた格差は諸手当の支給によって補填される仕組みであるから(<証拠略>),この点をことさら強調することは相当ではない。
そして,休日日数の格差については,昭和63年4月1日から施行された新たな社外勤務協定において,従来,過勤務手当により所定内労働時間差を填補してきた扱いから,年間支給額(出向先と被告との所定内労働時間差につき,区分に応じて25時間ごとに年間3万円単位で支給するが,施行から18か月間は,移行措置として4万円を単位とする。)を月割で支給し,これを過勤務及び深夜手当の単価算定の基礎給に含めるという扱いに変更されており,この点だけをみれば,一定の不利益が生じているといえるが,金額的にみて,原告の計算によっても年間数万円の差が生じるにすぎず(<証拠略>),この程度の変更で労働条件に相当の不利益を与えたものと認めることはできないし,この社外勤務協定の改定は,組合員の意見を代表する連合会が被告との間で数回にわたり厳しい交渉を行った末,連合会の要求を一部いれた形で修正がなされ,改定された事実が認められ,その経緯からみても相当な内容であったというべきである。
なお,原告らは,被告勤務が続いていればそれだけの過勤務手当を貰えるはずだとして休日日数差を問題としているが,これは仮定の主張にすぎず,被告においては,本件出向前には雇用調整のために休業措置等も行われていた(<証拠略>)のであるから,原告らの右主張は相当ではない。
また,出向後の残業時間の増加の点については,確かに,本件計画が八幡製鉄所の鉄道輸送部門におけるDL運転者等の余力人員の一掃を目指すものであったから,余力人員がなくなったことによって,原告らの残業時間が増えた事実が認められるが,本件出向前の被告においては,雇用調整のための休業措置等が行われていたのであるから,出向前後を単純に比較することが適当であるか疑問であるし,原告らの主張を前提にしても,出向後の平均的残業時間は月7ないし8時間程度であることが認められ(<証拠略>),これを不当な労働強化ということは困難である。
したがって,これらの点については,いずれも,ことさら出向によって不当な不利益を受けたと強調すべきものではない上,原告らには,本件出向前後で,勤務場所,職場環境及び職務内容に変化はなく,本件出向措置についての労使の折衝の中で問題とされた勤務形態についても,日鐵運輸の就業規則とは異なる例外的な特例措置がとられ,出向前の勤務形態がほぼ維持されていることが認められるので,原告らには,新しい勤務につくことによる苦痛は生じず,通勤場所が変わることによる家庭生活等に対する影響もない。
原告らの労働条件等について,右の点以外に出向前後で特に不利益が生じた点は見当たらないので,原告らに相当な不利益が生じたと認めることはできない。
(三) なお,原告らは,日鐵運輸の原告らに対する配転命令ないし他の会社への再出向命令の可能性を強調するが,現実に原告らに対する配転ないし出向が実施された場合に当該措置の有効性が問題になることは当然であり,本件においては,確かに,平成6年3月,被告が八幡労働組合に対し,出向者に対する出向先での要員の弾力的運用としての配転等を認めることを提案し,連合会がこれを了解した事実が認められる(<証拠略>)が,これを以て,原告らに対する右可能性が現実化しているということはできないし,他にこれを認めるに足りる証拠はないから,右可能性を否定できないからといって,本件出向命令の合理性を否定するのは相当ではない。
3 要員設定,人選基準及び方法について
(一) 原告らは,<1>被告は30名を直営の輸送掛に残し,30歳代以下の若年者10名を所内配転したが,原告らを直営部門に残すことは十分可能であった,<2>出向者の人選基準には合理性がない,<3>当該職場の全員に出向の打診をしていれば,同意して出向する者だけで要員が確保できたなどとして,本件出向に関する人選が不合理であったと主張する。
(二) しかし,<1>については,多数の従業員を擁する被告にとって,将来的な経営計画において従業員の年令(ママ)構成に配慮することは一定の経営裁量を有する企業として当然のことであり,これを非難することは相当ではない上,直営部門への配置の点についても,業務の円滑な作業状況を確保するためには,それまでの各人の技能や経験に応じて決定されるべきであることは当然であって,構内輸送作業全体を管理する直営部門に,そのような作業経験のない原告らを配置することが適当であるとは認められない。
次に,<2>については,原告らの職場においては,高齢者と病気休職者を除外した残りの全員が出向しているのであって,出向者選択の公平性に特に問題とすべき点は認められない。
また,<3>については,出向に応じる者だけで必要な要員が確保できる可能性があったとも考えられるが,業務委託の趣旨からすれば,出向に応じる者だけで要員を確保すればよいというものでないことは明らかであり,業務委託実施後の円滑な作業環境確保のためには適正な人選基準が必要なのであって,だからこそ,八幡労組もそのような要求をしていないのであり,本件出向における人選基準には合理性が認められるのであるから,原告らの右主張は失当である。
(三) なお,本件出向命令に至る,原告らに対する説得の方法等が脅迫等不当なものであるとは認められないことは前記のとおりである。
五 まとめ
したがって,本件出向は,業務委託に伴う期間が長期化することが予想される出向であるが,その必要があり,原告に労働条件や生活環境の上で問題とすべき事情がなく,相当な要員設定と人選の下で行われるなど合理的な方法で行われたものであり,原告らの個別具体的な同意がなくても,被告は出向を命じることができたと認められ,原告らは,労働契約上の義務として本件出向命令に従う義務があり,出向法律関係が有効に成立しているものと認められる。
六 本件出向命令が権利濫用との主張について
原告らは,本件出向措置は,背景となる本件計画及び中期総合計画の経営上の必要性,日鐵運輸に対する業務委託の必要性及び合理性,出向者の選定基準及び具体的人選の合理性がいずれも認められない上,およそ復帰の目処がない実質的には期間の定めがない不合理な措置であるにもかかわらず,原告らに対し出向先での労働関係や転籍の不安について十分に説明せず,出向回避措置を全く検討せずに強行されたものであって,権利濫用であると主張する。
しかし,出向回避措置の必要性については,出向一般にそれを要求すべきであると解することは困難である上,前記のとおり,当時の経済情勢からすれば,本件出向命令に至る一連の措置の必要性,合理性が認められ,連合会ないし八幡労組も,当該職場の個々の労働者の事情を十分考慮し,それぞれの必要性及び合理性についてその都度検討した上で,被告に対し了解の態度を表明しているのであるから,特に出向回避の措置が必要であったということはできないし,出向先での労働条件や出向者の人選基準についても事前に当該職場の全員に対し情報が開示されていたのであって,原告らへの説明に不足があったとはいえず,本件出向命令を権利の濫用であると認めることはできない。
七 労働者派遣法の脱法行為との主張について
原告らは,本件出向命令は,労働者派遣法が,一般労働者として雇い入れた者を労働者派遣の対象とする場合に当該派遣対象労働者の同意を要件としている(32条2項)ことを脱法するもので無効であると主張する。
しかし,本件出向が,前記のとおり在籍出向であり,原告らが,被告との労働契約関係において出向の義務を負い,日鐵運輸の定める労働条件に従い,その利益のため,その指揮命令下において労務に服するものであり,契約関係の一部が日鐵運輸に移転し,原告らと日鐵運輸との間に契約関係が存在するのに対し,「派遣」労働者においては,派遣先の従業員としての地位を一切有することなく,派遣先の使用者と契約関係にないのであり(労働者派遣法2条1号),この点からすれば,本件出向が労働者派遣法にいう「派遣労働」に該当しないことは明らかというべきである。もっとも,原告らが指摘するように,本件出向が「派遣」に類似する点が認められるが,それは外形的な形態だけを取り上げて指摘したにすぎず,被告が原告らを労働部労働人事室労働人事掛に配転した措置についても,出向者に関する人事管理,勤務管理,給与管理等の事務処理上の便宜のため,出向措置一般の取扱いとして行っているものであって,出向に伴い必要な措置というべきであり,前記のとおり,本件出向は,必要性,合理性に欠ける点はなく,適正に行われたものであり,実質的にみても「労働者派遣」に該当しないことは明らかであり,労働者派遣法の脱法を目的としたものでないことも明らかである。
したがって,原告らのこの点に関する主張は失当である。
第四結論
以上の次第で,原告らの請求は理由がないから棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条,93条を適用し,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山浦征雄 裁判官 犬飼眞二 裁判官 平島正道)